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大阪地方裁判所 平成元年(わ)99号 判決 1989年5月29日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和六四年一月五日午後三時ころから、大阪府東大阪市<住所略>第三マンションA方で行われた勤務先の新年会に出席するにあたり、既に当日午前一〇時ころから午後〇時三〇分ころまでの間に、ビールをコップに四杯分以上、日本酒を一合以上飲酒しており、それ以上適量を超えて飲酒すれば酩酊に陥り正常運転に支障をきたすことは明らかであったうえ、新年会終了後は、兵庫県尼崎市内の自宅まで普通貨物自動車を運転して帰宅するつもりであったのであるから、それ以上の飲酒は厳に慎むべきであり、あえて飲酒する場合には酩酊に陥らない程度に飲酒量を抑制すべき業務上の注意義務があるのにこれに怠り、同日午後三時ころから午後四時過ぎころまでの間、右A方において、さらに、日本酒約四合を飲酒した過失により、正常運転に支障をきたす程度の酩酊に陥り、同市宝町一七番三号先路上に駐車していた右普通貨物自動車(なにわ○○さ○○○○)の運転を開始して時速約四〇キロメートルで進行中、同日午後五時四〇分ころ、旧国道一七〇号線道路を北上して、同市西石切町二丁目一番付近に差しかかった際、自車前部を道路左側の信号柱に衝突させて自車を左前方に暴走させ、折から右道路左側を南方から北方に向かって縦に一列になって歩行していた西野與太郎(当時六三歳)及び西野勇(当時五六歳)の両名に自車前部を次々に衝突させて右両名を道路外休耕地等に転倒させ、よって、そのころ、同所付近において、右西野與太郎を脳出血等により死亡させ、右西野勇に対し、加療約六か月間を要する左臼蓋骨骨折、左大腿骨骨頭骨折、左膝腿骨骨折、左股脱臼等の傷害を負わせた

第二  同日午後三時ころから、前記A方で行われた勤務先の新年会に出席するにあたり、前記のとおり、既に当日午前一〇時ころから午後〇時三〇分ころまでの間に、ビールをコップに四杯分以上、日本酒を一合以上飲酒しているうえ、新年会終了後は、兵庫県尼崎市内の自宅まで普通貨物自動車を運転して帰宅する予定であったから、それ以上飲酒すれば酩酊に陥り帰宅の際に道路交通法の禁止する酒酔い運転をするかも知れないことを認識しながら、あえて同日午後三時ころから午後四時過ぎころまでの間、右A方において、日本酒約四合を飲酒し、よって、同日午後五時四〇分ころ、同市西石切町二丁目一番付近国道一七〇号線道路において、酒に酔い、その影響により正常な運転ができないおそれのある状態で、右普通貨物自動車(なにわ○○さ○○○○)を運転したものである。

(証拠の標目)<省略>

(検察官の主位的及び予備的各訴因並びに弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件各犯行当時、飲酒酩酊により心神喪失ないし心神耗弱の状態にあったと主張するので、この点について判断する。

本件の主位的訴因は、

「被告人は

第一  自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和六四年一月五日午後五時三五分ころ、普通貨物自動車を運転し、大阪府東大阪市宝町一三番二六号付近道路を八尾市方面から大東市方面に向かい発進しようとしたが、さきに飲んだ酒の酔いの影響により正常な運転ができない状態であったから、道路における自動車の運転を差し控えるべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然運転を開始して時速約四〇キロメートルで進行した過失により、同日午後五時四〇分ころ、同市西石切町二丁目一番付近道路に差し掛かった際、自車左前部を道路左側の信号柱に衝突させて自車を左前方に暴走させ、折から同道路左側を同一方向に歩行中の西野與太郎(当時六三歳)及び西野勇(当時五六歳)の両名に自車前部を衝突させて道路外休耕地等に転倒させ、よって右西野與太郎を脳出血等により即死させたほか、右西野勇に対し、加療約六か月間を要する左臼蓋骨骨折等の傷害を負わせ

第二  酒に酔い、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、前同日午後五時四〇分ころ、同市西石切町二丁目一番付近道路において、前記自動車を運転したものである。」

というものであり、前掲各証拠によれば、被告人が、前記第一記載の日時場所において同記載の態様の交通事故を惹き起こし、西野與太郎を脳出血等により即死させ、西野勇に前記の傷害を負わせたこと(以下「本件交通事故」という)、その際、被告人が、同第二記載のとおり、いわゆる酒酔いの状態にあったこと(以下「本件酒酔い運転」という)は明らかであるが、その当時における被告人の精神状態について検討するに、

前掲各証拠によれば、被告人の平素の飲酒量は日本酒であれば約三合程度であるのに、本件当日は、朝から日本酒約五合とビールをコップに四杯分以上飲んでおり、ことにそのうちの日本酒約四合は本件交通事故発生の約三時間前からせいぜい一時間あまりのうちに飲んだもので、右当日の飲酒量は平素のそれを相当に上回っていたこと、そのため普段は口数の少ない被告人が当日判示A方では陽気に話したり、途中からは同僚に対して大声で悪態をつくなどしており、同僚も被告人がかなり飲酒して酩酊状態にあったことを認めていること、被告人は、右A方での新年会の途中から以降の自分の行動についてはほとんど記憶を失っており、車両を運転中に電柱らしいものに衝突したことをかすかに覚えているものの、車両の運転を開始したこと及び交通事故を惹起したことは全く記憶していないところ、本件交通事故による被告人の受傷は比較的軽微であって、右記憶喪失の原因として飲酒酩酊以外の事情は考えられないこと、本件交通事故を起こす約三〇分前に、それまで駐車していた場所から普通貨物自動車を発進させた直後に物損事故を起こして一旦停止したが、その際被告人は体をふらふらさせ、ろれつが回らず、訳の分からないことを口走るのみで、目撃者らとまともな応対もできない状態であったこと、本件交通事故を惹起した前後も、見とおしのよい直線道路を進行していながら、転把や制動等の事故回避の措置を全くとることなく、自車前部を本件被害者二名に次々と衝突させたうえ、道路から逸脱して休耕地上を二〇メートル近く走行して民家に自車を突っ込ませてようやく停止したが、その場に駆けつけた目撃者らが車体の下に巻き込まれた被害者西野與太郎の救出作業にあたっている最中に、突然同車のエンジンをかけて、再び発車させようとするなど、常軌を逸した行動に出ていることが認められ、以上の事実によれば、被告人がA方で飲酒したのち、主たる訴因第一記載の日時場所において自車の運転を開始して本件交通事故を惹起するに至るころには、被告人は飲酒酩酊によって心神喪失ないし少なくとも心神耗弱の状態にあったことを否定することができない。

しかしながら、本件交通事故については、A方に至る前に被告人は前示のとおり既にビールと日本酒を少くない量飲酒していて、しかもA方で飲酒をするにあたって被告人は飲酒後自動車を運転して帰宅するつもりであり、A方では相当量の酒が用意されていたのであるから、A方で飲酒を開始する時点で、それ以上適量を越えて飲酒すれば飲酒酩酊の影響で正常な運転ができず、交通事故を起こし他人に死傷を与えるという具体的な危険が既に発生していたということができ、その時点において被告人にはそれ以上の飲酒を止めるか、あるいは、あえて飲酒するのであれば、酩酊に陥らないように飲酒量を抑制すべき注意義務が発生していたということができる。そして被告人は前示のとおりA方で飲酒して酩酊状態に陥り、その結果本件交通事故を惹起させたのであり、被告人は当初から、A方で飲酒後、自動車を運転して帰宅する予定であったこと、以前にも何回か飲酒したうえで自動車を運転していて、飲酒運転自体には抵抗感がなかったこと及びこれまでにも飲酒が進むと自制心を失い、酩酊中の自己の行動を覚えていないことも幾度か経験しており、このような自己の酒癖についての認識もあったと認められることから判断して、被告人のA方での飲酒とこれに続く自動車の運転とには明らかな因果関係もあるから、結局、A方における右飲酒行為の時点において、本件交通事故の発生の予見が可能であったものと認められる。

また、A方で飲酒を開始する時点での被告人の責任能力の点については、当日午前中から飲酒していた影響で被告人は酒のにおいをさせてはいたが、Aや同僚らとの応対にも不自然ないし不合理なところは全く認められず、また被告人自身の記憶の点にもこれといった異常は認められないから、事物の是非善悪を判断して事故の行為を制御する能力を著しく欠く状態になかったことは明らかであってこの時点における被告人の過失行為については被告人は完全責任能力者としての責任を負わなければならない。

次に、本件酒酔い運転について判断するに、道路交通法の酒酔い運転の故意とは、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で車両を運転することの認識、認容であり、それはいわゆる未必的なものでも足りるが、被告人は、A方で飲酒を開始する時点で、被告人の通常の飲酒量及び当日のそれまでの飲酒量から判断して、それ以上適量を越えて飲酒すれば酒酔い状態になり、その影響で正常な運転ができなくなるかも知れないこと及びA方での新年会が終われば自動車を運転して帰宅することを認識していたと認められるから、A方で日本酒をさらに飲酒したという事実によって、被告人は、その時点で、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で車両を運転するかも知れないことを認識、認容していたと認めることができる。

そして、前述のとおり、その時点では被告人の責任能力については何等の問題もなく、本件酒酔い運転行為は、責任能力に欠けるところのなかった右A方での飲酒開始時における未必的な酒酔い運転の故意に基づくもので、その飲酒行為が原因となったものと認められるから、いわゆる原因において自由な行為の理論によって、被告人は本件酒酔い運転についても完全責任能力者としての責任を負わなければならない。

以上の次第で、本件運転行為開始時及び本件交通事故発生時にそれぞれ被告人が完全責任能力者であったことを前提とする各主位的訴因は採用しないが、本件の予備的訴因である判示各事実は優にこれを認めることができるから、弁護人の主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、各被害者ごとに刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は道路交通法一一七条の二第一号、六五条一項にそれぞれ該当するが、判示第一の業務上過失致死と業務上過失致傷とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により犯情の重い業務上過失致死罪の刑で処断することとし、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、飲酒酩酊のうえ正常な運転ができない状態で自動車を運転し(判示第二)、交通事故を惹起させて、二名に死傷を負わせた(判示第一)という事犯であるが、当日は新年会で飲酒することがわかっていながら、自動車ででかけ、既に二か所で少くない量の飲酒をし、新年会終了後は自動車を運転して帰宅するつもりでありながらさらにA方で日本酒相当量を飲酒してほとんど泥酔状態に陥ったものであって、飲酒運転することについての抵抗感がほとんど認められないこと、被害者二名には過失が全くないにもかかわらず、本件事故によって一名は即死し、一名は重傷を負っており、犯行の結果は極めて重大であること、被告人は道路交通法違反罪による罰金前科二犯を有するところ、その一つは、酒気帯び運転によるもので、本件はその略式命令からわずか四か月あまりしか経過していない時期に惹起されたものであること、被害者及び遺族との間には未だ示談が成立していないこと、重傷を負った被害者の被害感情にも厳しいものがあること等の事実から判断すれば、被告人の刑事責任は重く、被告人が飲酒したのには、勤務先の社長等が勧めたという事情もあること、被告人は普段は真面目に稼働していたものであり、勤務先やその顧客からも信頼されていたこと、事故車には対人賠償無制限の任意保険が付されており、現在示談交渉中であること、被告人の勤務先の社長によって、重傷の被害者の家政婦代が立替え払いされていること、被告人は本件犯行を深く反省していること、事故後現在まで勾留されていること等の被告人のために酌むべき事情を併せ考慮しても、実刑に処するのはやむをえない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官谷村允裕 裁判官中川博之 裁判官高見秀一)

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